【実験】桜ソングの歌詞分析

 桜をテーマにした「桜ソング」はすでに春の定番となった感がある。桜ソングがブームになったのはここ10年のことである。その背景には卒業や入学が続く3月4月に安定して売れる曲という、極めてマーケティング的なものもあるが、やはり日本人の桜に対するイメージが投影されているからこそ、広く共感を得ているものと考えられる。

 そこで定番の桜ソングの歌詞を分析することで、日本人の桜に対する感性を知ることが出来るのではないかと予測した。

桜の写真

分析対象

 今回は分析の対象として、オリコンが2008年?2010年春に実施した桜ソングのアンケート結果に2回以上ランキングした以下の8曲を選択している。以下にそのリストを示す。なおアンケートの母集団は「アンケート・パネル【オリコン・モニターリサーチ】による全国の10代、20代の男女、計1,000人にインターネット調査したもの」なので、今回は若者の桜ソングに対するイメージを分析するということになる。

  1. 桜 コブクロ(2005/11/02発売)歌詞
  2. さくら(独唱) 森山直太朗(2003/03/05発売)歌詞
  3. さくら ケツメイシ(2005/02/16発売)歌詞
  4. SAKURA いきものがかり(2006年3月15日)歌詞
  5. 桜坂 福山雅治(2000/04/26発売)歌詞
  6. 桜の時 aiko(2000/02/17発売)歌詞
  7. 桜 河口恭吾(2003/04/30発売)歌詞
  8. サクラ咲ケ 嵐(2005/03/23発売)歌詞
    順不同だが、だいたいランキング結果を反映

リストの講評

 上記の8曲は、いずれも定番と呼ばれるにふさわしい曲である。オリコンのランキングには、これらの曲以外に、ソメイヨシノ(ENDLICHERI☆ENDLICHERI)、桜(FUNKY MONKEY BABYS)、CHE.R.RY(YUI)、サクラ色(アンジェラ・アキ)、花は桜 君は美し(いきものがかり)、Sakura(レミオロメン)などがランクインしていたが、最近の発売であり、まだまだ定番と呼ばれるには遠いとして、外してある。ただし、今後は年代別の歌詞分析を実施して、桜ソングの変遷を辿ってみたい。

 新曲を除いたこともあり、リストの曲の発売時期は最も新しいものでも2006年である。古いものは2000年発表であることから2000年代前半の曲が10代20代の間で定番とされているようである。

 表記には漢字の「桜」の他に、「さくら」、「サクラ」、「SAKURA」という4つが使われている。表記の違いによる歌詞の傾向なども分析の対象になるのではないかと思うので、今後の検討課題にしたい。

 歌手の男女比は6:2で男性が多い。作詞者の男女比でみると7:1となる。ほとんどの歌詞は歌手本人が作詞したものであるが、いきものがかりのSAKURAはボーカルの吉岡聖恵ではなく、ギターの水野良樹が作詞作曲を担当している。ちなみに嵐のサクラ咲けは相田毅/櫻井翔が作詞している。

個別の歌詞分析

 個別の歌詞を読み込み、そこに表現されている桜に対するイメージを分析する。

桜 コブクロ(2005/11/02発売)歌詞

 発売の時期は2005年だが、曲が作られた時期はコブクロがまだインディーズだった頃なので2000年頃だと考えられる。 歌詞のストーリーは、桜の咲く春ではなく寒い冬の季節から始まる。曲の発売時期も歌詞に合わせて11月である。

 分かれた恋人の幸せを祈る自分を、春を待つ桜の樹に例えた曲で、歌詞には冬の厳しさ=失恋した自分の心境と、それを乗り越えて花を咲かせる桜の生命力を重ねている。同時に破れた恋心が桜の花びらが散る様に例えられており、失恋を乗り越えて恋心を思い出に変えていくことが示されている。

 冬から春への季節の移り変わりと、自分自身の変化(失恋)を重ねそこに無常を感じている。しかし後半では「止まない雨はない」など、再生をイメージさせる言葉を出している。さらに曲の最後に冒頭部の歌詞を再度もってくることでストーリーに円環構造を作り、これが繰り返される季節と、再び恋をする自分自身が重なることになる。また桜の花の咲き乱れるイメージとは異なる「この世に一つしかない」、「一輪花」などの言葉があるが、いずれの言葉も自分自身とその恋心の暗喩であり、自分自身を大切にしたいという気持ちが表れている。

さくら(独唱) 森山直太朗(2003/03/05発売)歌詞

 「友よ」と語りかけるのが、この歌詞の特徴である。他の歌詞が「あなた」(桜の時?aiko、桜?コブクロ)、もしくは「君」(SAKURA?いきものがかり、さくら?ケツメイシ、桜?河口恭吾、桜坂?福山雅治、サクラ咲ケ?嵐)と語りかけており、いずれも異性を対象にしたラブソングであるのに対し、この歌詞は友とも別れ歌った友情の曲で、そこに男女の明確な区別はない。

 別れと友情がセットになったこの曲は、歌詞にこそ、その言葉が出てきては以内が、明らかに学校の卒業を示しており、桜ソングの定番と同時に、卒業の定番ソングにもなっている。

 特徴的な言葉には、サビの部分にある「さくら さくら ただ舞い落ちる」を受ける「刹那」、「瞬間」などの言葉だろう。3度あるサビの最後には「さくら さくら いざ舞い上がれ」を「永遠」が受けている。

さくら ケツメイシ(2005/02/16発売)歌詞

  アップテンポでノリの良い曲だが、失恋を描いた曲で切ない内容の歌詞である。桜が咲くたびに別れた女性の記憶がよみがえる。歌詞の内容に沿ったプロモーションビデオも本格的(萩原聖人と鈴木えみが出演)で話題になった。

 特徴的な語は桜の花が散る時の様を「ヒュルリーラ」と表現しているところである。実は他の歌詞では花の散る様を直接表現している言葉(状態副詞)は、いきものがかりのSAKURAに出てくる「ひらひら」しかない。

SAKURA いきものがかり(2006年3月15日) 歌詞

 いきものがかりは他にも桜ソングを出していて、桜に思い入れがあるようである。作詞はギターの水野良樹が担当しているが、女性ボーカルが歌う曲なので、歌詞も1人称を「あたし」にするなど女性の視点に立って書かれている。このパターンは8曲の中で唯一である。

 厚木出身のバンドなので歌詞にも地元を走る小田急線が出ている。
 卒業と共に離れてしまった恋人(?)を歌った曲である。森山直太朗のさくらと異なるのは、歌詞に明確に卒業と書かれていることと、異性への思いを歌ったラブソングであることだろう。

桜坂 福山雅治(2000/04/26発売)歌詞

 桜ソングの火付け役として、福山雅治の「桜坂」は絶対に外せないナンバーだろう。この曲は2000年に放送されたTV番組「未来日記?」のテーマソングとして、福山雅治本人が作詞作曲した曲である。桜坂のモチーフになったのは、東京都大田区にある桜坂だと、福山が後に述懐している(参考:Wikipedhia) 。未来日記はドキュメンタリータッチで作られていたが、実際は様々な演出が施されたフィクションである。福山雅治自身も警察官役で登場し、桜坂に現れている。ストーリーは言葉の壁にすれ違うカップルの恋愛模様を描いており、 それは歌詞の内容にも影響を与えている。歌詞ではすれ違いの恋愛の思い出を描いてはいるが、未来日記の最後はハッピーエンドで終わっている(参考:未来日記5)。   

桜の時 aiko(2000/02/17発売)歌詞

 桜ソングの中でも桜坂と並ぶ、2000年発表の古株の曲である。また、今回選択した中でも唯一女性が作詞した楽曲である。つきあい始めたカップルの女性の側が視点で書かれており、 細かいエピソードを積み重ねて描かれているので、ワード数も他の曲に比べて多い。また別れの曲が多い中で、この曲は進行中の恋愛を描いているのも特徴である。

桜 河口恭吾(2003/04/30発売)歌詞

 シンプルで力強い歌詞。「僕」、「君」、「二人」というキーワードが繰り返され、恋人同士の強い関係性が書かれている。桜に関する記述はサビにある「桜舞う季節かぞえ」という部分だけだが、この部分に二人の関係性が永続的なものであるという願望が示されている。

 一連の歌詞の中で「空のない街抜け出し 虹を探しに行こう」という部分に、違和感を感じるのはなぜだろう。二人の世界にどっぷり浸っていた目線が、急に外側に向いたからだろうか。

サクラ咲ケ 嵐(2005/03/23発売)歌詞

 おそらく10代女性の支持を得てランクインしたと思われる。比較的ミディアムバラードが多い桜ソングの中でもアップテンポな楽曲である。

 「走り出した」、「歓声」、「前を向け」などポジティブな表現が積み重なり、春のポジティブな雰囲気がでていて、一見新しい生活を励ます応援ソングに聞こえる。しかし歌詞を更に読み進むと「それは君の好きな歌 遠く離れても 決して消えない だから別れじゃない」という、離れてしまった恋人の存在が出てくる。そうなると、ポジティブな言葉も、切ない自分を励ますための言葉に変わってしまう。

個別の歌詞分析のまとめ

 ここで取り上げた8曲のほとんどが別れをテーマにした曲である。嵐のサクラ咲けも、前向きな歌詞のように見えて、よく読むと過去への未練が残っている。aikoの桜の時と河口恭吾の桜の2曲だけが進行中の恋愛を歌った曲である。また桜が咲く春は出会いと別れの季節である。多くの曲が新しい出会いよりも別れを歌っているのには、どのような理由があるのだろう。一般的には入学式の象徴としている花のはずなのに、入学をテーマにした曲はなく、一方で卒業をテーマにした曲は2つある。 

 このような別れをテーマにした曲にシンボルとして登場する桜に共感する日本人は、そこにセンチメンタルなものを感じているのかもしれない。また8曲のうち、男性が作詞している曲が7つというのも影響があるのかも知れない。一般的に男性は女性より過去の恋愛を引きずる事が多いからだ。そうなると、いきものがかりのSAKURAも、別れた恋人がいつまでも自分のことを思っていて欲しいという男性の願望が裏がえしなのかもしれない。

 いずれの歌詞を見ても、桜が散ることで時間の経過を示している。散った花は時を経て再び咲くのだ。その円環構造が過去から逃れられない輪廻のようなものか、あるいは、季節を重ねていく螺旋の構造なのか違いによって、歌詞も変わってくるのだろう。

テキストマイニングによる歌詞分析

 次に似通った歌詞を持つ曲同士をテキストマイニングの手法で分析してみた。クラスター分析などはこちらのページを参考にしている(歌詞分析 -TANIYAMA Hiroko -Fairly tail )。クラスター分析にかける語の抽出条件としては、出現頻度が2回以上の単語を選択している。

クラスター分析の結果

 もっとも相関の強いのは、森山直太朗のさくらと福山雅治の桜坂である。歌詞を見ると共通するキーワードは「今、変わる、知る」の3つで、特に「今」がそれぞれ4つ、5つずつあるため、強い相関が現れたのかもしれない。逆に最も遠い歌詞が、aikoの桜の時とケツメイシのさくらである。重なる単語がほとんどなく、またテーマも真逆である。歌詞に男女の恋愛観が強く表れているとしたら、この2曲は対極にあるのかもしれない。

まとめ

 桜ソングの歌詞分析を通じて、現代日本人の桜に対するイメージを探ってみた。桜は変化の象徴であり、その影響を受ける人間関係を描いてるものが多い。桜はまた刹那をイメージさせるものとして使われることが多く、人間関係の変化は概ね別れであることが多い。こうした桜に思いを馳せるのは男性が多く、男女の桜観、ひいては恋愛観の違いが垣間見れた。

 今後は分析の対象を広げ、更に桜と日本人の関係性を探りたい。