財務省財政制度等審議会は、少子化を背景に2040年に向けた大学数の削減案を提示した。読売新聞がトップ記事として報じたことで議論は広がり、ネット上では削減に賛同する声が目立つ。
削減賛成論の整理
賛同意見は、私の見るところ大きく二つに分かれる。
- 教育の質による選別:教育レベルの低い大学に税金を投じるのは無駄だ。高度な学びを提供する大学に資源を集中させるべきだ。
- 市場原理による淘汰:定員割れしている大学は学生に求められていない。自然に淘汰されるべきだ。
削減そのものには私も賛成する
地方私大に籍を置く立場ではあるが、ある程度の削減はやむを得ない。進学率は上昇したものの、少子化の影響はそれを上回る。
問題は過当競争の弊害である。本来は教育内容で学生を集めるべきところを、定員確保のために広告宣伝へ資源を割く構図が広がっている。これは大学にとっても学生にとっても利益にならない。定員数を一定の範囲で制限することは、むしろ健全な競争環境を取り戻すことにつながる。
文科省も削減自体には肯定的で、「分野や地域のバランスを図ることが重要だ」とコメントしている。論点はすでに「削減するかどうか」ではなく「どう削減するか」へ移っている。
「残すべき大学」を決めるだけでは足りない
近年の募集停止状況には明確な傾向がある。地方の介護・保育など、いわゆるエッセンシャルワーカーを育成する学科が目立つ。これらは社会の維持に不可欠な人材を供給しており、文科省の言う「分野・地域バランス」が指す対象も、まさにこの領域だろう。
ここまでは私も同意する。ただし重要な論点が残る。残すことを決めても、定員割れの原因を放置すれば志願者は戻ってこない。
象徴的なデータがある。フリュー株式会社ガールズ総合研究所の調査では、女子中学生に人気の職業1位は「保育士」、女子高校生では「看護師」である。その一方で、近年もっとも募集停止が相次いでいるのは保育系学科だ。
職業としての人気と、その人材を育てる学科への進学需要が一致していない。この非対称こそが、地方のエッセンシャルワーカー育成校が定員割れに陥る本質的な原因である。
大学を「公共投資」として捉え直す
大学には二つの役割がある。
- 個人の夢を実現する学びの場
- 社会インフラを支える人材を育てる公共投資
これまでの削減議論は前者に偏ってきた。市場原理で淘汰すべきだという賛同論も、「定員割れ=学生に求められていない」という前提に立つ。
しかし保育や介護の領域では、学生個人の選好と社会全体のニーズが乖離している。賃金、労働環境、社会的評価といった構造的要因が、職業としての人気を進学行動に転換させていない。
必要なのは大学を残すことだけではない。職業としての魅力を高め、進学需要そのものを回復させる政策である。学校を残しても、入口を開く施策がなければ志願者は戻らない。エッセンシャルワーカーが真にエッセンシャルならば、待遇もそれに見合ったものでなければならない。
削減の議論は、大学の数を減らす話にとどまらない。社会が必要とする職業をどう支えるかという問いと一体で進める必要がある。