高校・情報Ⅰとアクセシビリティ

 この記事はアクセシビリティ Advent Calendar 2024 8日目の記事です

はじめに

 2025年の共通テストから「情報Ⅰ」が試験科目として追加されます。これは、情報Ⅰを学んだ高校生が初めて大学に入学してくるとも言えます。大学側は、シラバスを適切に設計するため、入学してくる学生がITについてどのような知識を持っているか把握する必要があります。このため、情報Ⅰの教科書を取り寄せて内容を確認したところ、アクセシビリティとユニバーサルデザインに関する記述を見つけました。

 高校の必修科目でアクセシビリティを学ぶことにより、日本全体のアクセシビリティの質が向上することが期待されます。本記事では、情報Ⅰの教科書におけるアクセシビリティとユニバーサルデザインの記述を分析し、今後の課題について考察します。

学習指導要領

 各社の教科書を確認する前に、文部科学省の定めた学習指導要領の記述を確認しておこう。

 「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 平成 30 年 7 月 情報編」では、情報Ⅰの学修目標を次のように定めています。

 情報に関する科学的な見方・考え方を働かせ,情報技術を活用して問題の発見・解決を行う学習活動を通して,問題の発見・解決に向けて情報と情報技術を適切かつ効果的に活用し,情報社会に主体的に参画するための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。 (1)効果的なコミュニケーションの実現,コンピュータやデータの活用について理解を深め技能を習得するとともに,情報社会と人との関わりについて理解を深めるようにする。 (2)様々な事象を情報とその結び付きとして捉え,問題の発見・解決に向けて情報と情報技術を適切かつ効果的に活用する力を養う。 (3)情報と情報技術を適切に活用するとともに,情報社会に主体的に参画する態度を養う。

 これらの目標を達成するために、次の4つの内容を取り上げています。

(1)情報社会の問題解決 (2)コミュニケーションと情報デザイン (3)コンピュータとプログラミング (4)情報通信ネットワークとデータの活用

 アクセシビリティやユニバーサルデザインは、主に(2)のコミュニケーションと情報デザインの内容に含まれています。該当箇所の説明を見ると次のようにあります。

ア(イ)情報デザインが人や社会に果たしている役割を理解することでは,分かりやすく 情報を表現するために,目的や受け手の状況に応じて伝達する情報を抽象化,可視化,構 造化する方法,年齢,言語や文化及び障害の有無などに関わりなく情報を伝える方法を理 解するようにする。その際,これらの知識や技能によって作成された情報デザインが人や 社会に果たしている役割を理解するようにする。

 また、内容(1)では内容(2)と関連付けて社会問題の解決に結びつけることや、内容(3)では、「全ての人間が情報と情報技術を快適 に利用するためにはユニバーサルデザイン,ユーザビリティ,アクセシビリティなどに配 慮する必要があることにも触れる。」などの記述があります。

 学習指導要領は大まかな方向性を示すにとどまり、具体的な教育内容については各学校に大きな裁量が与えられています。そのため、ユニバーサルデザインやアクセシビリティについても取り上げることを求めていますが、具体的に何をどの程度教えるかについては細かく規定されていません。

情報Ⅰでのユニバーサルデザインの記述

 それでは早速教科書を読んでいきましょう。

 2024年3月時点で、情報の教科書は13冊出版されています。すべて読むのは難しいので、ここでは地元・長野県の公立高校で採用されている教科書に限定して確認をすることにしました。

 長野県の公立高校で採用されている情報Ⅰの教科書は次の3冊です。

  • 東 京 書 籍 新編情報Ⅰ 14校(1)
  • 実 教 出 版 最新情報Ⅰ 13校(2)
  • 数 研 出 版 高等学校 情報Ⅰ 7校

( )内は特別支援学校高等部における使用校数の内数。

情報Ⅰの教科書の表紙。東京書籍、実教出版、数研出版の3冊。

この3つの教科書は他県でも採用されていることが多いようで、主要な教科書と言えるでしょう。

 では、採用件数が多い順に見ていきます。

東京書籍 新編情報I

p.50-51 にユニバーサルデザインの節。見開き2ページでユニバーサルデザインを紹介しています。アクセシビリティやユーザビリティ、ユーザーエクスペリエンスなどの説明もあります。

p.56 に章末資料としてペルソナ手法の説明があります。

p.57 にUDフォントの開発者のインタビューが掲載されています。

p.128 にWebページの作成についての注意書きがあります。文章の構造化について触れられています。例としてHTMLコードが掲載されており、imgタグにaltはありますが、それについての解説などは特にありません。

p.146 に文字の読みやすさ、色の識別性についての記述がありますが、アクセシビリティの観点からの説明はありません。色の識別ではJISの安全色が例になっています。

p.162 に文字やフォントの基礎知識が解説されていますが、視認性などアクセシビリティ観点からの説明はありません。

実教出版 最新情報I

p.4 は第1章 情報デザインの導入部分です。最初にユニバーサルデザインや情報バリアフリーが取り上げられています。写真に点字ピンディスプレーやケンジントンのトラックボールなどが支援機器の例として掲示されています。

p.38-41 に社会の中の情報デザインとして、情報バリアフリー、ユニバーサルデザイン、Webアクセシビリティ、ユーザビリティなどの記述があります。Webアクセシビリティの部分では、表の読み上げの改善について考える例題が掲載されています。

p.42-45 からは情報デザインの工夫として、フォントの選び方や色覚バリアフリーに関する説明があります。

p.54-60 はWebページの作成に関する説明で、HTMLの基本が解説されています。例題2のHTMLファイルの作成の中で、画像に代替テキストを設定する理由について考察する例題が出ています。

数研出版 高等学校 情報I

p.78-81 にユニバーサルデザインの節があり、アフォーダンス、ユーザインターフェース、ユーザビリティ、アクセシビリティ、バリアフリー、ユニバーサルデザインが取り上げられています。アクセシビリティの説明の欄外に、JIS X 8341についての説明があり、Webアクセシビリティは JIS X 8341-3で扱われていることが説明されています。

p.196-197 にHTML文書とタグの説明がありますが、imgタグの説明には代替テキストなどの説明はありませんでした。

情報Ⅱでのユニバーサルデザインの記述

 ミツエーリンクスさんの記事にあるように、文部科学省が公開した情報Ⅱの参考資料の中で、Webアクセシビリティについての解説がありました。

 この「情報Ⅱ」教材の中に、Webアクセシビリティに関する記述があるのですが、その中身に触れる前に、まずは高校の「情報」教科を取り巻く現状について触れたいと思います。

 せっかくなので、情報Ⅱの教科書についても確認をおこないます。

 情報Ⅱの授業を実施している高校は少なく、長野県内の公立高校では一校も実施していませんでした。情報Ⅰに比べて情報Ⅱの教科書は少なく、出版されているのも3社のみです。

情報Ⅱの教科書。東京書籍、実教出版、日本文教出版。
  • 東京書籍 情報Ⅱ
  • 実教出版 情報Ⅱ
  • 日本文教出版 情報Ⅱ

 こちらの3社の教科書も、取り寄せて確認してみました。

東京書籍 情報Ⅱ

 アクセシビリティやユーザビリティという用語は出現しますが、その定義の説明にとどまり、具体的な解説はありません。Webデザインについても情報デザインの一部として簡単に触れられているだけで、アクセシビリティに関する具体的な注意点は記載されていません。

実教出版 情報Ⅱ

 アクセシビリティやユニバーサルデザインという用語は一切登場しません。Webデザインに関する章もなく、代わりにJavaScript、CGI、Pythonを使用したWebシステム開発に焦点が当てられています。これらの内容はプログラミングの技術解説が中心で、アクセシビリティについての言及はありません。

日本文教出版

 アクセシビリティやユーザビリティという用語は登場するものの、「ITシステム開発時にはこれらに配慮が必要」という言及に留まっており、具体的な実践方法については説明されていません。

 情報Ⅱの教科書では、いずれもアクセシビリティやユニバーサルデザインについて「配慮が必要」という注意書きのみに留まっています。これは情報Ⅰを履修済みの生徒を対象としているため、既に学習済みという前提なのでしょう。しかし、情報Ⅰでのアクセシビリティとユニバーサルデザインの説明も必ずしも十分とは言えず、教科書全体を通して説明が不足していると言わざるを得ません。

まとめ

 2022年に高校で必修化された情報Ⅰの教科書を通読し、アクセシビリティと情報のユニバーサルデザインについての記述を調査しました。同様に、情報Ⅱの教科書についても調べました。

 調査の結果、情報Ⅰの教科書の中では実教出版の教科書が最もアクセシビリティを詳しく取り上げていることが分かりました。他の教科書がアクセシビリティやユニバーサルデザインについて用語解説や概念説明に留まる中、実教出版の教科書では具体的な問題や対処法まで触れていました。

 ただし、実教出版の教科書でもWebアクセシビリティの問題を網羅しているとは言えません。代替テキストの適切な選び方や、色のコントラストなどについても言及してほしかったところです。

 情報Ⅱの教科書では、おそらく情報Ⅰで既に取り上げているためか、アクセシビリティについての記述はほとんどありませんでした。情報Ⅰの内容をさらに深める形での解説を期待していただけに、これは残念な結果でした。

課題

 本調査から、高校の情報教育におけるアクセシビリティ教育には二つの課題があることが分かりました。

 一つ目は、情報Ⅰの教科書におけるアクセシビリティの説明が不十分という点です。代替テキストの適切な設定方法や、色のコントラスト比の確保など、具体的な実装方法についての説明が不足しています。特に、Webアクセシビリティに関する説明は概念的なものに留まっており、実践的なスキルの習得には不十分です。

 二つ目は、情報Ⅱでアクセシビリティの内容が深められていないという点です。情報Ⅰで基礎を学んだ後、情報Ⅱではより高度な内容を扱うことが期待されます。しかし、現状の教科書では、アクセシビリティに関する発展的な内容がほとんど扱われていません。例えば、情報ⅠではJIS X 8341-3:2016のA相当を学び、情報Ⅱでは同じくAA相当の対応など、より専門的な内容を取り上げることで、生徒のアクセシビリティに関する理解をさらに深めることができるはずです。

情報Ⅰの今後について

 情報Ⅰの必修化が決まった際には、プログラミング教育が大きな注目を集めました。文系・理系を問わず多くの人が今後の情報社会に必要なスキルとしてプログラムの知識を持つことは重要です。アクセシビリティも同様に、今後の情報社会に必須のスキルです。どちらも是非高校生に身につけてもらいたいものです。これを実現するためには、現場の問題として、まず教員不足に取り組む必要があります。情報科目を専門としない教員が授業を担当している高校もあり、特にプログラミングやアクセシビリティのような専門的な内容の指導に不安を感じている教員も少なくありません。この状況を改善するためには、教員向けの専門的な研修プログラムを充実させるとともに、大学の教職課程における情報科目の指導力強化が必要です。また、現職教員の情報科目免許取得を支援する制度を拡充し、専門性を持った教員の増加を図ることも重要です。

 次に、授業を実施する際の教材や知見の不足という課題があります。教育委員会と民間企業が連携して教材開発を進めることが有効な対策となるでしょう。特に、アクセシビリティに関する実践的な教材は不足しており、教育現場のニーズにあった教材の早急な開発が求められます。

 これらの対策を着実に実施することで、高校における情報教育、特にアクセシビリティ教育の質を向上させることができるでしょう。そのためには情報教育に係わる様々なステークホルダーが連携し、継続的な改善を進めていく必要があります。

論考:ダークパターンとその発生メカニズムの分析

冊子「人間生活工学」にダークパターンに関する論考を寄稿しました。

「人間生活工学」Vol.25 No.2 | 一般社団法人 人間生活工学研究センター HQL

 論考はウェブ公開されないので、概略だけ記載しておきます。

 この論考は、ダークパターンとその発生メカニズムに関する分析についてまとめたものです。以下に主要なポイントをまとめます:

  • ダークパターンの定義:ユーザーを不利な選択に誘導する意図的なデザイン手法
  • ダークパターンの普及:多くのウェブサイトやモバイルアプリで広く使用されている
  • 法的規制:EUやアメリカの一部の州では規制が始まっているが、日本では明確な規制はまだない
  • ダークパターンの類型:比較の防止、羞恥心を煽る、偽装広告など、様々な手法が存在する
  • 発生メカニズム:
    • 企画段階:倫理観の欠如、教育不足、新技術への期待、過度の使命感
    • 実装段階:不適切なユーザビリティテスト、競合他社の模倣
    • 運用段階:顧客の声の軽視、法規制の不在、クチコミの影響
    • 全段階:KPI(重要業績評価指標)の追求
  • 対策:カスタマージャーニーマップにKPIを重ねて検討し、長期的な顧客満足度を考慮する

 この分析は、ダークパターンが単なる悪意ある行為ではなく、様々な要因が複雑に絡み合って発生することを示しています。効果的な対策には、倫理教育、適切なKPI設定、長期的な顧客関係の重視が必要であることを主張しています。

点字タイプライターの開発者「Oskar Picht」

Google Doodles

 2024年9月23日のDoodles(記念日に合わせてGoogleのロゴを変える)は点字タイプライターの作成者「Oskar Picht」を記念したものだった。

 Oskar Pichtに関する日本語の情報は少なかったので、興味を持って調べた結果を、せっかくなので記事にまとめておく。

略歴

 Oskar Picht(オスカー・ピヒト)は1871年、ドイツのハンブルクで生まれた。学校卒業後、すぐに教師となり、後に視覚障害者教育に興味を持つようになった。彼はベルリン・シュテグリッツの国立盲学校に2年間通い、この分野について学んだ。

 1899年、彼は最初の点字ライターを開発し、1901年にその特許を取得した。数十年にわたる改良と修正を経て、1932年に再び特許を取得した。この改良版の機械は、6つのキーを使って押されたドットの組み合わせで紙に凹みをつける仕組みになっていた。

 ピヒトは発明家としてだけでなく、視覚障害者教育の熱心な支援者でもあった。彼は1910年から1912年までブロムベルクの盲人施設の所長を務め、さらに1920年から1933年まで母校の所長も務めた。また、視覚障害者についてラジオで講演を行った最初の人物でもある。彼は生涯を通じて、視覚障害者が質の高い教育や最新技術、そして平等な機会にアクセスできるよう尽力した。

 彼が作成した点字タイプライターは、主に木で作られており、点を打つ部分に金属が用いられているようだ。

点字タイプライターの最初の発明者

 ちなみに点字タイプライターを最初に発明したのは、アメリカ・イリノイ盲学校長フランク・H・ホールで、1892年に完成させたものである。ホールが作成したタイプライターはその後各国で改良が加えられたそうで、ピヒトのタイプライターもその1つなのだろう。

By Martin Howard – Own work, CC BY-SA 4.0, Link

 ピアノの鍵盤を思わせる美しいデザイン。6つのキーは、左手人差し指が①の点、右手薬指が⑥の点に対応しており、現在でも標準として使われているキーレイアウトが初期から実装されている。

ハートネットTV「フクチッチ」ユニバーサル放送

 Eテレの福祉番組「フクチッチ」でユニバーサル放送の回に専門家として出演しました。放送は終わりましたが、NHK for Schoolでアーカイブが見られるようになっています。現在のテレビ放送で、様々な人に情報を伝えるために、番組制作の中でどのような工夫がされているかを詳しく解説しており、子ども向け番組ですが、この分野に興味のある方には是非見ていただきたい内容です。

ハートネットTV「フクチッチ」

 それぞれ30分の前・後編をさらに分割して掲載されているので、4本の動画があります。更に放送バージョンと解説音声付きのバージョンがあります。両者を比較すると、より解説音声の理解が進むでしょう。

 残念なのはクローズドキャプション(字幕)が付いていないことです。放送時には利用できていたのですが、ウェブでは対応できないとのことでした。

解説音声付き版

【解説音声付き】「ユニバーサル放送」前編① ~“ユニバーサル放送”って何?てれび戦士が最先端技術を体験!~

【解説音声付き】「ユニバーサル放送」前編② ~どのようにテレビを楽しんでる?当事者座談会~

【解説音声付き】「ユニバーサル放送」後編① ~日本初“手話通訳つきテレビ番組”制作秘話~

【解説音声付き】「ユニバーサル放送」後編② ~解説音声を手がける“プロフェッショナル”~

解説音声なし版

「ユニバーサル放送」前編① ~“ユニバーサル放送”って何?てれび戦士が最先端技術を体験!~

「ユニバーサル放送」前編② ~どのようにテレビを楽しんでる?当事者座談会~

「ユニバーサル放送」後編① ~日本初“手話通訳つきテレビ番組”制作秘話~

「ユニバーサル放送」後編② ~解説音声を手がける“プロフェッショナル”~

「顧客経験を指向するインタラクション 自律システムの社会実装に向けた人間工学国際標準」の紹介

 今回、私が共著者として参加した新刊書籍「顧客経験を指向するインタラクション 自律システムの社会実装に向けた人間工学国際標準」について紹介します。

 本書は、インタラクションシステムについて考慮すべきことを最新の国際規格を踏まえて解説したもので、対象システムは現行のものからAI搭載の次世代のものまでを網羅しています。

 本書の特徴は、インタラクティブシステムに求められる要素から始まり、インタラクション原則、知能・自律型のロボットおよびシステムとのインタラクション、そして自動運転車を受容する社会構築に至るまで、幅広いトピックを扱っていることです。

 私が担当した「2.4 アクセシビリティ」の章では、アクセシビリティとHCIの関係、人間工学規格におけるアクセシビリティ、JIS X 8341シリーズの経緯と内容、ISO 9241-20の経緯と内容、その他のアクセシビリティ関連情報について詳しく解説しました。

 本書は、人間工学や情報システムの専門家はもちろん、顧客経験やユーザビリティに関心のある方々にとって、貴重な知見を提供するものであり、インタラクションシステムの設計や評価に携わる方々にぜひ手に取っていただきたい一冊です。

顧客経験を指向するインタラクション (小樽商科大学研究叢書) | 平沢尚毅, 福住伸一, 鈴木和宏, 三樹弘之, 大井美喜江, 榊原直樹, 細野直恒, 小林大二, 吉田直可, 平沢尚毅, 福住伸一 |本 | 通販 | Amazon